『日本中国学会便り』2003年第2号

2003年(平成15年)12月20日発行

事務局からのお知らせ
第二回日本漢学国際学術討論会に参加して
理事長 興膳 宏
中国語学会
中川正之(神戸大学)
紹介:「関西中国女性史研究会」の歩みと 『ジェンダーからみた中国の家と女』などについて
筧久美子(神戸大学名誉教授)
宋詞研究会の設立と第一回研究会の開催
萩原正樹(小樽商科大学)
理論の話
森由利亜(早稲田大学)
日本中国学会第55 回大会を終えて
松本肇(筑波大学)
二年間の幹事経験から
木津祐子(京都大学)


事務局からのお知らせ

彙報

10月3日の評議員会における決定事項及び諸報告は次の通り。

[議決事項]
(1) 平成14年度決算及び平成15年度予算案承認
(2) 平成15年度事業計画承認
(3) 平成15年度日本中国学会賞決定
諸田龍美 「好色の風流―『長恨歌』をささえた中唐の美意識―」 (『学会報』第54集掲載)
(4) 次年度大会開催校は、二松学舎大学(平成16年10月9 日・10日)に決定。

10月4日の総会において、評議員会の議決事項が報告され、 了承されました。

◎会費納入について
会費未納の方は、至急ご送金願います。なお、4年間滞納されますと除名になりますのでご注意ください。 郵便振替口座:00160-9-89927

◎『学会報』送付停止について
平成14年度会費未納の方には、本年度の『学会報』を送付いたしておりません。会費納入が確認され次第、 送付いたします。会費納入の際には、振替用紙通信欄に未送付の『学会報』号数をご記入ください。

◎住所変更について
会員数の増加に伴い、四年会費未納による退会会員・住所不明会員が急増しております。 住所・所属機関等の変更、ならびに退会の際は、速やかに事務局までご通知ください。通知は書面もしくは FAX にてお願いします。振替用紙通信欄をご使用いただいても結構です。


第二回日本漢学国際学術討論会に参加して

理事長 興膳 宏

二〇〇三年十一月七日・八日の両日、台湾大学日 本語文学系の主催で、第二回日本漢学国際学術討論 会(「討論会」は、中国語では「研討会」)が行なわ れ、私も招かれて参加した。日本から赴いた参加者 は、私のほかに、川合康三(京都大学)・後藤昭雄 (大阪大学)・蔡毅(南山大学)・中嶋隆蔵(東北大 学)の諸氏である。

ところで、いまこの一文を草するに当たって、は たと当惑したのは、この「日本漢学」ということば の意味である。我々日本人も同じ「漢学」の語を用 いているので、何となく感覚的に分かったような気 になるのだが、実はかなりやっかいな事情がある。 たとえば辞書で「漢学」という項目を引くと、『広 辞苑』では「日本で、一般に中国の儒学または中国 の学問の総称」という解釈があり、他方『日本国語 大辞典』では「わが国で、伝統的な中国文化すべて を研究対象とする学問の総称」という定義があって、 両者の間に微妙なズレが感じられる。また、わが『日 本中国学会報』の学界展望(文学)には、「日本漢 文学」という分野があって、これは日本人によって 創作された漢詩文を対象としており、これまた上記 のような辞書の定義ではカバーしきれない。

一方、中国語の「漢学」は、もっぱら外国人によ る中国研究(シノロジー)を指していて、日本語の 「漢学」との間には大きな落差が認められる。日本 語と中国語で同一の語彙を用いていて、しかも意味 にズレがある場合、お互いに自国語の概念で理解し ながら相手にも通じたつもりでいるが、実は誤解も はなはだしい結果になりかねない。我々はその点に 十分慎重であるべきだろう。

さらに、今度の討論会に参加して気づいたことだ が、台湾の学界で用いられている「漢学」には、大 陸で用いられるそれとはまたニュアンスを異にする 独特の意味があるようだ。それが、この討論会でな された各報告にもよく反映していた。結論を急いで いえば、今回の討論会の「日本漢学」には、どうや ら二重の意味が含まれていそうである。その第一は、 日本人による中国研究という概念であり、これは中 国語でいう「漢学」の通常の意味に重なる。その第 二は、漢語によって記された近代に至る日本人の著 作という意味で、日本語の「日本漢文学」にきわめ て近いところがある。この両者が分かちがたく併存 しているところに、台湾の学界における「日本漢学」 の特色があるのではないか。その際、この討論会の 主催者が台湾大学の中文系ではなく、日文系である ことにも留意する必要があろう。

そのことを具体的に理解してもらうために、ここ で討論会のプログラムを示しておくことにしよう。 各報告は中国語あるいは日本語でなされたが、いま 便宜上、すべての演題を日本語訳にして掲げる。な お、当日の欠席者については割愛する。

十一月七日(金)
興膳宏「平安朝漢詩人と唐詩」(基調講演)
張宝三「清原宣賢《毛詩抄》の研究―《毛詩注 疏》との関係を中心に」
楊儒賓「伊藤仁斎と戴震の思想の再考察―儒家 経典解釈学の観点に着目して」
劉長輝「山鹿素行の「聖学」と「至道」」
蔡毅「長崎清客と江戸漢詩―新発見の江芸閣・ 沈萍香の書簡初探」
徐興慶「隠元禅師と朱舜水―近世中日文化交流 の再解釈」
川合康三「中国文学史の誕生―二十世紀日本における中国文学研究の一側面」
陳明姿「〈源氏須磨退居記〉における中国の史 書と文学の受容」

十一月八日(土)
ジョシュア・フォーゲル「二十一世紀初めにおける内藤湖南と内藤史学の再検討」 (基調講演、代読)
後藤昭雄「大江匡房の〈詩境記〉─十一世紀日 本人による中国詩略史」
朱秋而「六如上人と南宋詩」
ジェイムス・マックモラン「徳川時代初期の孔子崇拝」
中嶋隆蔵「二十世紀後半の日本における孔子研 究」
陳"芬「井上哲次郎の「忠孝」の義理新解─《勅 語衍義》に関する考察」
張崑將「明末における《孝経》熱と日本陽明学の展開」
金培懿「近代日本学者の儒学再考の意味するところ」
廖肇亨「木庵禅師の詩歌に描かれる日本のイメ ージ─富士山と僧侶像讃を中心に」

これはまさしく日本シノロジーと、日本語でいう 「日本漢学」とのアンサンブルである。しかも、ど ちらかといえば後者の方にスタンスが移っている感 さえあり、さらにむしろ「日本学」の領域に属する ようなテーマもある。この辺りは、日文系の主催と いう事情も大いに与っているのかも知れない。その 意味で、仮に大陸中国で同名の学術討論会が開催さ れるにしても、これとはずいぶん趣のちがったもの になるのではないかと想像する。

私には個々の報告について論評を加えるだけの能 力も資格もないが、全体的な印象をいえば、日本人 学者の報告はさておくとして、台湾の学者の論考に は、取り上げる対象にしてもテーマにしても、日本 の学界とはかなりの問題意識のちがいが感じられた。 たとえば、山鹿素行、隠元禅師、木庵禅師、井上哲 次郎といった人々に対して、今日どれだけの日本の 研究者が日本思想史あるいは儒学史の課題として、 真剣に取り組もうとしているだろうか。また、張宝 三氏が取り上げた清原宣賢や『毛詩抄』は、国語学 氏が取り上げた清原宣賢や『毛詩抄』は、国語学 の領域でこそいわゆる「抄物」として資料的価値が 重んぜられてはいるものの、その本来の役割である 経書解釈史の資料としては、ほとんどの経学研究者 や思想史研究者がその意義に注意を払っていないの が現状である。これらのことについては、いずれ台 湾の学者から大いに教えられるべき成果がもたらさ れるかも知れない。

この学術討論会を主催した台湾大学日本語文学系 は、いま五十一を数える台湾大学の諸系(日本の大 学の学部に相当する)の中でも、比較的新しく、一 九九四年に創設されたというから、十年未満の歴史 しか持っていない。しかし、その気宇はまことに壮 大で、このたびの学術討論会をはじめとして、国際 交流に積極的に乗り出している。学生にも人気のあ る系だというから、その将来はおそらく刮目して期 すべきものがあろう。

いま一つ忘れてならないことは、今回の計画を背 後から支えた台湾大学「東亜文明研究センター」の 存在である。ここにいう「東亜」とは、類似する概 念でいえば、東アジア漢字文化圏というに近いが、 このセンターの存在には、台湾を発信地とする文化 的戦略の意味が大きい。これは政府の強いバックア ップによって、ごく最近発足した大型プロジェクト であり、人文学の研究拠点形成を目ざすものである。 そうした大きな流れの中で、今回の日本漢学国際討 論会も開催されたといってよかろう。


日本中国語学会

中川 正之 (神戸大学)

本会の沿革

1946年10月20日「中国語学研究会」設立。京都帝 大文学部で第1回例会が行われる。
1947年3月会誌『中国語学』第1号発行。
1949年1月会誌を『中国語学研究会会報』と変更。
1952年11月会則制定。
1955年1月会誌を『中国語学』と変更。
1978年11月学会名を「中国語学会」と変更。
1989年10月学会名を「日本中国語学会」と変更, 現在に至る。
2000年10月日本中国語学会奨励賞を創設。 (慶谷壽信・水谷誠「学会小史」『中 国語学』245号を参照)

会員総数(2003年10月20日現在)

総会員数1,167名(うち顧問4名,名誉会員26名, 通常会員1,137名)。賛助会員21社。

役員(2002~2003年度)

(理事長)中川正之,(常任理事)相原茂・荒川清 秀・木村英樹・輿水優・佐藤晴彦・杉村博文・平 井勝利,(編集委員長)荒川清秀,(編集委員)遠 藤光暁・佐藤進・杉村博文・古屋昭弘,(理事)70 名。


本会の趣旨と活動

中国語学・文学の研究と内外関係諸機関および会 員相互の連絡を図ることを目的とし,次の事業を 行っている。

1.毎年1回全国大会及び総会の開催(秋季)。
2.月例研究会及びその他の会合。
3.会報(『中国語学』年1回)その他刊行物(『ニ ューズレター』年2回,『会員名簿』隔年)の 発行。
4.内外関係諸機関との連絡。
5.その他必要な事業。

第53回全国大会は,2003年10月25日・26日に早稲 田大学大隈大講堂及び戸山キャンパスで行われた。 初日シンポジウム「漢字音研究の現在」のプログラ ムは以下の通りである。

はじめに(早稲田大学 古屋昭弘)
日本呉音(関西学院大学 小倉肇)
日本漢音(広島大学 沼本克明)
朝鮮漢字音(高麗大学 鄭光)
以上司会(創価大学 水谷誠)
越南漢字音(大連理工大学 清水政明)
水語漢字音(南開大学 曽暁渝)
質疑応答
以上司会(青山学院大学 遠藤光暁)

 第2日目分科会研究発表は,語法・語彙部会が45件,音韻・方言部会が9件,教育・教育法開発部会 が7件あった。
 なお,来年度の第54回全国大会は京都大学で開催 される予定である。
 その他,関東支部が全国大会開催月を除き毎月例 会を開催しており,東海支部が年数回の例会を開催 している。

2003年10月25日発行『中国語学』250号は総頁数 304頁で発行部数1500部,掲載論文は依頼が4本, 投稿が13本であった。掲載論文と執筆者を採録して おく。

「新___句中的_程状_」史有_
「詞曲の押韻から見た「大」字二音の変遷」平山久雄
「『説文解字繋伝』にみられる反切下字混用―梗摂入声と曽摂入声,および外転一等韻と二等 韻の間の―」東ヶ崎祐一
「択一対応と周遍対応および偏向指示」杉村博文
「_物状_的引申及主_化渠道」_ 建
「“从A 到B VP”構文再考」雷桂林
「中国語における数量詞の意味と機能―二重目的語文を中心として―」今井俊彦
「動詞の前後に位置する起点と経過点」島村典子
「“_主属_句”における領属の認知的解釈」勝川裕子
「“是(一)个N"の認知言語学的アプローチ」安井二美子
「“_儿”と“什_地方”―空間表現の特指疑問文―」中島吾妻
「副詞“才”の取り立て機能について―“就”との比較から―」井田みずほ
「〈ヒト〉と〈モノ〉の対立」西香織
「現代中国語における文法範疇としての典型例外」鈴木慶夏
「インタラクションの文法,帰属の文法」定延利之
「「のだ」文と“的”構文」井上優
「学会レポート:パネル・ディスカッション「隣接領域から見た中国語学」」木村英樹

2002年度には『日本の中国語教育』(好文出版)を 刊行している。

学会奨励賞

本学会創立50周年を記念して学会奨励賞が創設され,前年度発行の『中国語学』掲載論文の中から優秀なものに授与されている。受賞者は以下の通りである。
 第1回:2000年度受賞(246号掲載論文)
  松江崇「『六度集経』『仏説義足経』における人称代詞の複数形式」
  山田忠司「『儒林外史』における“”の 用法」
 第2回:2001年度受賞(247号掲載論文)
  曹泰和「反語文の“不是・・・( )?”に ついて―日本語と比較しながら―」
 第3回:2002年度受賞(248号掲載論文)
  関光世「“V 給”文の意味特徴に関する考 察」
 第4回:2003年度受賞(249号掲載論文)
  三木夏華「北部呉語の授受構文に見られる 介詞の史的変化」

学会ホームページ

本学会のホームページ(http://wwwsoc.nii.ac.jp/clsj /index.html)が開設され,学会会則,大会プログラ ム,例会プログラム,投稿規程,事務局住所などが 記載されている。

問題点と展望

ホームページ開設は「より開かれた学会」への大 きな方向転換と考え,入会時に必要な「現会員2名 による推薦」の条項を削除するなど会則や内規の整 備を行っているが,なお不十分な点は少なくない。 組織の急拡大・多様な会員に対応する規則・大会開 催手順・会誌掲載論文の審査基準などの明確化,マ ニュアル化が急務である。

科学研究助成金の審査領域が「中国文学」から「言 語学」に変更された。中国語が言語学の下位領域と 位置づけられたと言ってよい。この動きは学界の 様々な変化に連動する可能性が強い。それだけにい っそう中国語語学固有の問題を扱う研究が理論的つ まり普遍的傾向の強い研究に比して不利な扱いを受 けないのか注意が必要である。本会の会員には,他 言語研究者や一般言語学研究者にも理解される言葉 で語ることがますます強く求められることになる。

2004年度からの理事長に金沢大学の岩田礼氏が就 任される。岩田氏は国際中国語学会の運営にも深く 関わっておられる。日本の中国語学研究が,世界と 連携し,世界的な研究動向の中で位置づけられると いう意味でも大きな転換点をむかえるであろう。


紹介:「関西中国女性史研究会」の歩みと 『ジェンダーからみた中国の家と女』などについて

筧 久美子 (神戸大学名誉教授)

近年、日本でも中国学研究を志す若い女性が増 えた。とはいえ、その数は分野によって、かなり のバラツキがあり、なお相対的または絶対的少数 というケースもあって、孤立状態で研究する人も 決して少なくはない。そうしたことも念頭にあっ て、情報交換とお互いの問題意識をフランクに語 り合う場を作りたいと考えたのが、おぼろな記憶 だが、十年近くも前のことであった。かくて関西 在住の若い人たちとフリーな研究会を始めたのが、 やがて表記のような研究会に成長したのである。 それも若い世代の有能な女性研究者が積極的な活 動を展開するようになったおかげで、まことに今 昔の感がある。

当初は、文学分野の数人だけで、それぞれが自 分の抱えているテーマについて発表し、参加者と 議論するといったささやかなものであったのだが、 それでも各自が所属する機関の紀要や、さらに全 国性の研究誌「女性史学」(女性史総合研究会)に、 その成果を発表するなどの経験が積み重なって、 少しずつだが研究会の進むべき方向が見えてきた のだった。

その後、東洋史、社会学、考古学などを研究対 象とする隣接領域からの参加者も増えてきたので、 ひろく女性の諸問題を取り上げ研究・討論できる 可能性を活かすべく、「中国女性伝記研究会」と 名づけて、年に数回の研究会を、楽しみながら自 由な雰囲気で続けてきた。

以上が前史であるとすれば、標題に記した「関 西中国女性史研究会」(東京には早くから続けら れている中国女性史研究会があるので、「関西」と 地域名を冠したのだが、参加者は関西のみでなく 名古屋からのメンバーも含む)と名乗って以後は、 大げさに言えば、公的な研究会活動の「正史」時 代に入ったということになろう。平成13年度より、 科研費の研究細目に「ジェンダー」部門が新設さ れたことによって、標題にかかげた名義により科 研費を申請したこと、それが認定された結果、研 究テーマもいよいよ広域かつ多彩で活気に富むも のになった、といえるからである。以下に科研費 の助成を受けた研究テーマと活動の概略について、 述べておくことにしよう。

13年度~14年度研究代表野村鮎子(奈良女 子大学)
テーマ: 「ジェンダーからみた中国の“家”と“女”」 二年間の成果
*昨14年7月、奈良女子大学で、同テーマの国 際シンポジュームを開催。
パネリストに鮑家麟アリゾナ大学教授・臧健 北京大学教授を招請し古代(午前)と近代(午 後)の部に分けて、以下のテーマで報告を受 け、討論を行った。
1,「宋元から明清時代の家法が規定する男女の 役割」(臧健)
2, 「古典文学における士大夫の「家」の中の 女たち」(野村鮎子)
3, 「徐志摩の結婚と離婚」(鮑家麟)
4, 「民国時期知識人の家庭観-胡適の結婚」 (西川眞子)

参加者は265名で予想を大幅に越えての盛 会であった。これらについては「女性史 学」第13号(2003年年報)に詳細な記録 がある。
*中国学以外の研究者として、小山静子(教育 学)、脇田晴子(日本史)、大沢正昭(東洋史) の三氏を招き、公開講演会(3回)を開催し た。
*研究会とシンポジュームの発表内容をもとに 論文集『ジェンダーからみた中国の家と女』 を編集、平成16年2月に出版の運びとなった。

今後についての計画を記すと、
平成15年度~17年度 研究代表中山文(神戸学院大学) テーマ「中国文化におけるジェンダーの表象 に関する研究」 *平成16年度には、中国の演劇と女性をテーマ にしたシンポジュームを開催する予定。

かくて、引き続き毎月一回の研究会を開催、ま た幸いにも少数ながら男性の参加も得られ、在日 中の中国人研究者もしだいに増えて、会員数は30 名を越えるに至った。今後も、さらに若い世代に よる、独自性をもったテーマ研究を行うメンバー が増えることを期待している。

さて、「日本中国学会」の会員を多く含む研究 会でもあるので、わたしたちの研究目的にも少し く触れておきたい。中国の古今の文献(歴史・詩 文・小説・戯曲・医書・教訓書など)を、ジェン ダーの視点から読みなおしてみると、わたしたち には一体どんなことが見えてくるだろうか、とい うのが共通する出発点で、例えば、家と女、家と 娘、母と子、世間と女、芸術と女など、従来あま り具体的に扱われることのなかった視点からの分 析に、新しく迫ってみようとしているのである。 こうした問題意識のもとに「中国」を読み、かつ 考えると、いろいろと面白い発見があるもので、 研究会はますます活気に満ち、楽しいものになっ てきている。今後はさらにこうした問題にも取り 組む若い研究者が増えるに違いないと確信してい るのだが、その初歩的試みとして編んだ、近刊『ジ ェンダーからみた中国の家と女』(東方書店)に ついて、多くの方々の積極的なご批判を期待した い。


宋詞研究会の設立と第一回研究会の開催

萩原 正樹 (小樽商科大学)

宋詞研究会の設立

2003年6月、有志八名(明木茂夫、池田智幸、小田 美和子、高田和彦、萩原正樹、保苅佳昭、松尾肇子、 村越貴代美)が発起人となり、宋詞研究会を設立した。

「漢文唐詩宋詞元曲」という言葉もあるように、詞 は宋代を代表する文学として、言うまでもなく非常に 重要な中国韻文の一ジャンルである。その作品は、晩 唐五代両宋はもちろん、元明代にも続き、さらに清代 には再び活況を呈して、近現代にまで創作されつづけ ている。詞は、歴代中国文人の創作活動や教養にとっ て、欠くべからざる分野として確固たる地歩を占めて いるものと言えよう。その研究についても、中国では 続々と新たな成果が生み出され、日本においても、故 中田勇次郎先生のお仕事をはじめ、村上哲見先生、青 山宏先生、佐藤保先生の御著書など、多くのすぐれた 業績が残されている。ただなお日本では、詩や小説等 と比べ研究者数も少なく、一般にもあまり知られてい ないのが現状であろう。

近年、日本の中国学界でも各時代やジャンルごとに 多くの学会・研究会が設立、開催され、活発に研究が 行われている。我々は、詞においても互いの交流や意 見交換などを通して切磋琢磨できる場の必要性を痛感 し、宋詞研究会を設立した次第である。

名称に「宋詞」を冠してはいるが、最も隆盛した時 代として宋を代表させたのみで、もとより唐五代、元 明清、近現代、さらには域外の作品や理論等も研究対 象となる。また、詞を理解するためには、当然のこと ながら、詩や楽府、散曲など、他の韻文ジャンルとの 関わりも視野に入れておかねばならないと考えている。

以上のような趣旨で、我々にとっては近しい先達で ある中唐文学会、宋代詩文研究会の会員の方々を中心 に参加を呼びかけたところ、多くの方々が入会を承諾 してくださり、2003年10月現在、65名の方が会員とし て登録されるまでになった。詞に対する関心の高さを 再認識して感激すると同時に、当研究会へ寄せられる 期待の大きさも感じ、身の引き締まる思いである。

活動内容

宋詞研究会の活動は、現在のところ、研究会開催と 雑誌発刊とを二本の柱としている。

研究会は、当面は年一回開催することとし ように第一回研究会は盛会裡に終了した。

雑誌発刊については現在計画中であるが、中国で発 刊されている『詞學』(《詞學》編輯委員会編、華東師 範大学出版社刊)のような、論考や資料紹介、研究動 向報告などを含む内容としたいと考えている。

またさらに、会員相互の勉強を目的として、龍楡生 編『唐宋名家詞選』の読書会を開始し、その訳注の雑 誌への連載も予定している。

読書会は本来、同じ場所に会員が集い、担当者の発 表とそれに対する意見交換を行うものであろうが、全 国各地に散らばっている会員が定期的に一箇所に集ま るのは、非常に困難である。そこで我々は、次善の策 として、訳注用のメーリングリストを開設し、E-Mail と添付ファイルの交換によって訳注作業を行っている 担当者が原稿ファイルをメーリングリストのアドレス 宛に送ると、そのメールはメーリングリストの参加者 全員に配信され、参加者は自分のパソコン内でそのフ ァイルを閲覧できる。原稿に対する種々の意見も、同 様にメーリングリストのアドレス宛に送れば参加者全 員に配信され、参加者相互の意見交換も簡単に行える のである。

メーリングリストを使って中国の作品を読み進めて いくという試みは、まだ日本ではあまりなされていな いかと思われる。パソコンを使うという制約上、漢字 表示やファイル形式などさまざまな問題もあるが、試 行錯誤を繰り返しながらも、着実に『唐宋名家詞選』 訳注を進めていきたい。

第一回宋詞研究会の開催

2003年9月20日(土)、慶應義塾大学日吉キャンパ スにおいて、関係者各位の御尽力により、第一回宋詞 研究会を開催することができた。

当日は、午前10時半から会場をお借りしてまず『唐 宋名家詞選』訳注の検討会を開き、活発な意見交換を 行った。メーリングリスト上での議論では伝わりにく い細かな問題も、膝をつき合わせての討論ではお互い に理解を深めることができ、大変有意義であった。訳 注はメーリングリストでの進行を基本とするが、顔を 合わせて意見交換を行う場も貴重であり、年に一回の 研究会においては今後も訳注検討会を開いていく予定 である。

午後からのプログラムは、下記のとおりであった。

13:00~
 記念講演
 村上哲見先生稼軒詞試論
14:00~
 研究発表
 1.「六州歌頭」ノート
  ―「六州」から「六州歌頭」へ 池田智幸
 2.詞論にみる『詞源』の受容 松尾肇子
 3.宋詞を聴く―現代南方音と復元した楽譜によって 王迪・村越貴代美
 4.森川竹#の詞論研究 萩原正樹
 5.詞律分析システムの構築に向けて 村越貴代美

村上哲見先生には、わざわざ東京までお越しいただき、記念の御講演を賜った。南宋・辛棄疾詞の宋詞全 体の中での位置付けについて、「豪放派」などという 単純な言葉では片付けられないことを、先生御自身の 御研究歴や中国の学者との交流余話なども交えながら 説かれ、参加者一同大変興味深く拝聴した。やさしく 穏やかにお話しくださる中に、はっとするような鋭い 洞察と、一貫して底に流れる宋詞への熱い思いをひし ひしと感じ、大きな感銘を受けた。

研究発表は五本あり、質疑応答の時間が少し足りな い場面もあったが、詞牌、詞論、音楽、日本の詞学、 データベースを用いた処理システムなど、各分野にわ たる発表で非常に充実した内容であった。

研究発表終了後は、横浜中華街関帝廟正面の「茘香 尊酒家」に会場を移して懇親会となり、歓談尽きぬう ちに終了となった。

本「学会便り」に寄せられた各学会・研究会の記事 でもしばしば触れられていることであるが、出身大学 や世代の異なる同好の士との出会いは、それ自体非常 に魅力的であり、極めて良質な刺激となる。学会とい うものの存在意義にはもちろんさまざまな面があろう が、例えば私などが学会に出席する理由を考えてみる と、研究発表の内容への興味とともに、発表時間外で の、関心を同じくするさまざまな方との出会いや、そ れによって受ける刺激を求めて、という面も大きいよ うに思われる。日本中国学会は、もとよりそのような 場の最も大きいものの一つであるが、このような機会 はできるだけ多いほうが良い。

研究テーマの方向や距離はそれぞれ異なっても、同 じく詞に関心を寄せる方々と語らい、交流を深める場 が誕生したことは、我々にとって何よりも大きな喜び である。

なお、来年度の第二回研究会は、愛知大学での開催 を予定している。

以上、誌面をお借りして、宋詞研究会の設立と第一 回研究会の開催について紹介させて頂いた。当研究会 の活動によって、多くの方々が詞に関心を持ってくだ さり、研究の活性化と質の向上に少しでも効果を挙げ ることができるならば、望外の幸せである。今後とも 皆様の御指導と御支援を心からお願い申し上げる次第 である。

なお、宋詞研究会ホームページのURL は、http://www.res.otaru-uc.ac.jp/~hagiwara/scyjh.html、また入会御希 望の方は、事務担当の萩原(E-Mail:hagiwara@res.otaru -uc.ac.jp)まで御連絡ください。


理論の話

森 由利亜 (早稲田大学)

私は、2001年5月末から2002年3月末までの約 10ヶ月、アメリカ合衆国ロードアイランド州にあ るブラウン大学に訪問研究者として滞在した。授 業を担当するわけでもなく、週に二度、大学院の 授業と学部の授業に聴講生として出席するという 至って気軽な滞在である。大学院では宗教学のゼ ミナール、学部では儒教思想の授業を聴講させて も頂いた。宗教学の講座では、教授が最初の授業 時に配るシラバスのなかで指定した本を各自読み、 それについて学生主体で論じ合い批評する。教授 は基本的に司会である。このような形式は、やは り在米中に見学したインディアナ大学のJohn McRae ジョン・マックレー教授(禅学)やプリ ンストン大学のStephen Teiser スティーヴン・ タイサー教授(中国中世仏教史)による大学院ゼ ミでも同じであった。

こうした授業に出て第一に驚かされるのが、院 生たちの本を読むスピードである。タイサー氏の 授業では、一回の授業に数冊の課題図書が課され ており、ブラウン大での宗教学の授業でも、二週 に単行本一冊と論文一本というのが平均的なペー スであった。これは学部の授業においても言える ことで、私の聴講した教室ではやはり半年に五冊 程度の本を読む。日本の感覚からすれば充分「多 読」に値するのではないだろうか。しかも、彼等 は同時に(日本の学生ほど多くはないにせよ)い くつか授業をとっているわけであるから、やはり 読書量は並大抵ではない。

彼等はどんな本を読んでいるのか。大学院で「多 読」をするゼミナールは、どれも理論的な論著を 読むことに主眼をおいていた。一例として、ある 教授による授業(中国宗教)で採りあげられた著 作を下に挙げる。なお、これは1回の授業分の課 題図書である。

J. J. M. De Groot, The Religious System of China. 6 vols, Leiden: E. J. Brill, 1885.
C. K. Yang (楊慶), Religion in Chinese Society, Waveland Press, Illinois, 1991.
James Watson, “Of Fresh and Bones: The Management of Death Pollution in Cantonese Society,” in Maurice Bloch and Jonathan Parry, eds., Death and the Regeneration of Life. Cambridge Univ. Press, 1982.
Bloch and Parry, “Introduction,” ibid.
David Johnson, ed., Ritual Opera, Operatic Ritual . Berkeley: Chinese Popular Culture Project, 1989.
Emily Ahern, The Cult of the Dead in a Chinese Village. Stanford: Stanford Univ. Press.
Gary Seaman, “The Sexual Politics of Karmic Retribution” in Ahern and Gatts, ed., The Anthropology of Taiwanese Society.
Evelyn Rawski and James Watson, eds., Death Ritual in Late Imperial and Modern China. Univ. of California Press, Berkeley, 1988.

この回は「死」を扱う授業であり、採りあげら れているのは著者が実際に現地を訪れて取材した 民俗誌的な著作が中心である。これだけ多くの単 著・論文についてであるから、一々詳しく内容を 解説している時間はない。それでも、手短に個々 の著作の要点を整理し、それまでの授業の過程で 問題になってきたことに照らし合わせてゆくこと で、学生たちはこれらをひととおり論じて行く。 受講生は10名前後で、中国・韓国の学生と欧米系 の学生で構成されている。日本人留学生はいない。 ほとんど発言しない学生もいるにはいるが、本当 によく読んできて発言の上で主導権を執るような 学生がやはり数人おり議論は活発である。議論の 過程で、これらの著作を扱う上での基礎知識を教 授が確認する。例えば、楊慶の著作において提 示された、中国宗教を拡散的宗教と組織的宗教の 二面からとらえる日本でもよく知られる観点と、 その観点の背景にある中国社会についての想定に ついて確認がなされ、議論されていた。また、和 訳もあるロウスキとワトソンによる著作について は、ロウスキが執筆している「歴史家による中国 葬礼の研究法」における歴史学的方法と人類学的 方法の違い、対立が問題となった。この授業では、 ロウスキ論文の巻頭に示されている人類学的な方 法に対する批判に賛同する発言が比較的多かった と記憶している。方法上の問題になると、実に呵 責ない議論が展開される傾向があるようである。

実際、方法上の問題は大学の授業の中だけでな く、人事問題にまで及ぶ大きな議論を引き起こす。 私の受け入れて下さったブラウン大学の宗教学科 でも、方法上の問題が非常に深刻な対立へと発展 していた。この場合の対立の一方の極にあるのは、 宗教について人類普遍の宗教経験、宗教現象もし くは神秘経験というものを認めて、あらゆる宗教 研究を畢竟この宗教経験のバリエーションとして 見る(つまり人類にとって宗教は固有の分野であ り、宗教学は固有の学たりうるとする)立場であ る。それを非常に強く批判するのが歴史学的な立 場である。宗教はあくまでも歴史や文化の文脈の 中で起こる事象であり、宗教経験という独自の領 域を仮定して研究を始めることはできないとする。 この両者が小さな所帯の中で学生をとりあい、片 方が片方を完全に除外しようと強く運動している のである。はじめのうちはよく分からなかったが そのうちに事情が明らかになり、やや困惑したこ とは認めざるをえない。というのも、私の受け入 れ先になって下さった先生は「経験派」で、学科 の主任教授は徹底した「歴史学派」なのである。 さらに、このような立場分け自体は自明なものと して、大学を超えて浸透している。

もちろん、経験か歴史かという方法上の問題は 日本でも問題になることであり、論理的なレベル での妥協は成立しない。私自身の方法は「歴史学 派」で、論文の中に「経験」を持ち込むことはあ りえない。しかし、違う方法から得られる考察の結果やプロセスを参考にし、それを自分の観点か ら描き直すことは許されてしかるべきだと思うし、 違う立場があった方が健全だと思う。また、「歴 史学派」も原理的に徹底すると、「シャーマニズ ム」といった概念の便宜的使用すら許さなくなる ようである。実際に、「歴史学派」の先生の授業 でこの言葉を口に出したときにはひどく困った顔 をされた。とはいえ、非当事者である私としては、 短い滞在のなかで経験したこのような問題はなか なか興味深く、不謹慎ながら面白いと感じた次第 であった。

その宗教学科でもやはり書評を中心とするゼミ があり、上記の問題とは関わりなく非常に面白か った。そもそも宗教学のゼミの聴講をすすめてく ださったのは、ブラウン大学宗教学科で中国宗教 の講座を担当しているHarold Roth ハロルド・ロ ス教授である。ロス教授の専門は黄老思想である が、私の滞在中は残念なことにその講座は休講で あったので別の講座に出ることにしたのである。 宗教学自体には以前から興味があったので、楽しみにして出かけていったが、実際に授業に出てみ ると最初はいかにも場違いな気がする。しかし、 親切な教授や学生たちに囲まれて勉強するうちに とても面白くなってきた。後で先述の他大の中国学の授業を参観してみると、そこでもいくつか同 じ著作を採りあげていることを知った。要するに、 専攻が何であれ宗教を対象として研究する者が宗 教学上の理論や争点を知っているのは当然という 感覚があるものと思われる。とりわけ理論(セオ リー)に対する関心は非常に高く、これは原典資 料読解に大半の力を割く日本の比ではないような 気がした。

このゼミで採りあげられた本の中でも、とりわ け印象に残ったのはCatherine Bell キャサリン・ ベルによるRitual Theory, Ritual Practice(Oxford, 1992)である。ベルはサンタ・クララ大学 の助教授で、もともとはシカゴ大学で中国の道教 儀礼を専攻した学者である。しかし最近では儀礼 理論に関する書物を著し、とりわけ本書は中国宗 教のみならず宗教学理論や宗教儀礼に関する優れ た論著としてよく紹介される。実際に、私が参観 した他大学の授業でもベルの著作に言及しないも のはなかった。

その内容は、19世紀末から最近に至るまでの宗教学、社会学、人類学、歴史学など、さまざまな 分野の中でとりあげられる儀礼に関する議論を読 み解き、それらの議論の展開と推移そのものに反 映された研究者たちの関心の変化を分析するものである。たとえば、初期の比較宗教学の中で、宗 教的な観念の重要性とその普遍性を研究する文脈 では、儀礼は神話と対にして捉えられ、しかも神 話の二次的な反映として考察されるに過ぎなかった。しかし、ロバートソン・スミスやエミール・ デュルケム等により社会に対する宗教儀礼の機能 が検討されると、それは信仰よりもかえって本質 的なものとして位置づけられるようになる。さら に最近になると、儀礼はそこに関わる人々の多様 な諸関係が結び合う場として様々な分野から考察 が加えられるようになる。この場合儀礼は、社会 の統合や組織化、宗教上の目的を前提とすること なく、それ自体ひとつの独自の考察対象と目され るようになる。また、儀礼が独自のものとして考 察される場合、儀礼というものは最初から決まっ た要件をともなって成立するような現象ではなく、 むしろ文化的歴史的文脈の中で特定の行為を儀礼 として特化してゆくような「儀礼化」がなされる とベルは指摘する。(――と、この様な事を原稿 に書いた後、宗教学を専攻する友人から、ベルの この著作にも色々と批判があるという事を聞いた。 筆者の如き素人が容易に云々できるような分野で はないと思い知った次第である。)

なお、ベルには中国の民間信仰研究を理論的な 観点から考証したすぐれた書評論文(“Religion and Chinese Culture: Toward an Assessment of ‘Popular Religion’”, History of Religions 29, 1989)がある。

短い滞在ではあるが、その間にアメリカの大学院が日本に比べて理論面の教育に熱心であること、 理論に関する知識が分野を超えて学者の間に浸透 していることを実感した。しかし、理論への傾倒 は時に問題も引き起こす。理論上の議論は、それがどんなに精密に見えても、その理論を提示する 根拠となるべき個々の資料の読み方、資料操作の 適切性の確認といった基礎作業からは離れざるを 得ない。人文科学における理論的欲求は、ともすれば資料やテキストから特定の兆候や傾向のみを 引き出して証拠とし、流行に資するような解釈を 生み出そうとする。これは危険なことである。実 際に、研究発表などの上でこのような実例に直面することも少なくない。しかし、公平に言えば「理 論に強い」というのはあくまでアメリカの大学教 育の長所である。問題は、むしろ日本の大学教育 が地道な原典読解から別の何かに向かって遊離する時であろう。その時日本の中国学はおそらく最 も本質的なものを失うのである。


日本中国学会第55 回大会を終えて

松本 肇 (筑波大学)

一 はじめに

会員各位の協力を得て、本年度の大会を無事終了することができた。ここに感謝の意を述べるととも に、大会ではいくつかの新しい試みを実行したので、 今後の参考のために、思いついたことを記しておき たい。

二 大会準備会秘録

ここにひとつの貴重な資料がある。大阪市立大学 文学部中国語中国文学研究室編「日本中国学会大会 準備要綱」。大会準備の詳細な記録で、一般会員に も是非知ってもらいたいと思い、その一部を以下に 引用する。

1)出席葉書の締め切り
「例年通りの時期に締め切りを設定しましたが 実際には締め切りに間に合わないものが非常に 多く、大会が終わった後に届くものもありま す。」

2)立て看板
「大会のメイン看板のほか、案内板も多く設置 したつもりでしたが、大会要項に印刷したキャ ンパス案内図もあまり御覧いただけなかったよ うで、道順を訪ねられることが多くありました。 結局は案内員を増員して対応しましたが、とも かく、初めて大学に足を運ばれた方にとって案 内板は多すぎるということはないようです。」

3)記念写真
「他の申し込みもそうですが、葉書で申し込ま れた方のなかで大会自体を欠席される方、受付 で写真のみをキャンセルされる方がいらっしゃ る反面、葉書では申し込んでいなかった方が受 付で申し込まれたりする場合があるほか、当日

受付でもかなりの方が申し込まれます。また、 なかには全く申し込みをせずに、写真に収まっ た後で受付へお金を持ってこられる方もいらっ しゃいます。」 こういう文章を読むと、大会準備の苦労がよく 分かる。「締め切りを守らない」「書いてあるも のを読まない」「自分勝手」といった負の教官 像を克服するだけで、大会運営がスムースにい くことを、会員各位は肝に銘じるべきである。 学会はつらい。

三 大会開催入門

ここでは、大会開催の手順と、その注意点につい て述べる。開催校の方針により、異なる方法もあろ うかと思われるが、本年度の体験に基づいて記す。

1、発表募集
発表募集に当たって、以下の指示を与えると、 たいへん便利である。1、氏名にはフリガナをつ ける。2、電子メールのアドレスを記す。発表 要旨の原稿は縦書きで、A4用紙、40字×40行 に設定する。3、簡体字は用いない。また、受付 を五十音順にすれば、地区の記載は不要となる。

2、振り込み用の口座開設
受付での現金のやりとりを省くために、本年度 は、振り込み用紙を同封し、事前に必要な金額 を振り込んでもらう方式を採った。振り替え受 領証をもって領収書に代えることにしたので、 領収書の発行も不要である。通信欄を利用して アンケートを取った。以上のために、大会準備 会の口座を開設する。

3、大会準備金
大会準備金(120万円)は、大会委員会委員長 (本年度は合山究先生)に連絡して、入金を依 頼する。

4、封筒の購入
大会要項を入れる封筒は、糊かシールのついた ものを購入する。また、封筒左肩に円を作り、 下半分に「料金別納郵便」と印刷する。上半分 に郵便局名を印刷してもよいが、空欄にしてお くとどこの郵便局からも発送できる。

5、宛名ラベル
大会要項発送の時期をあらかじめ学会事務局 (本年度は、菊野紀子さん)に伝えて、宛名ラ ベルの送付を依頼する。

6、大会要項発送
一通の重さが、50グラムまでならば、90円で郵 送できる。50グラムを越えると、定形外となる ので、全体の重さが50グラムに収まるように、 印刷物の紙質や頁数を工夫する必要がある。

7、口座の閉鎖
振り込みの締め切り後に、時期を見て開設して いた口座を閉じる。これは、受付でのトラブル を避けるためである。

8、発表プログラム
本年度は、発表プログラムを会場の外に貼り出 し、会場内の進行のようすが外部からも分かる ように、終了した発表題目を赤線で消すように した。

9、総会次第
総会次第は、大会前日の理事会・評議会で決定 し、会議終了後に、必要な部数を印刷した。

10、受付
本年度は、五十音順に受け付け、ほかに「当日・ 非会員・海外」のコーナーを設けた。当日参加 は、大会参加費だけを徴収するので、あらかじ め2000円の領収書を用意した。

11、名札
本年度は、懇親会参加者の名札に赤いシールを 貼って、懇親会参加券の代わりとした。弁当引 換券を青いシールにすれば、もっと便利だった と思う。シールをうまく活用し、受付に名札を 並べて、それを各自が取っていく方法も考えら れる。

12、大会欠席者
大会前日までに参加取り消しの連絡のあった会 員には、振り込んだ金額を返却する。それ以外 の欠席者には、いっさい返却しない。

ほかに細かいことを挙げれば、きりがない。また、 一般の会員には、関心がないことかも知れない。だが、上に述べたことは、大会開催校にとって、必ず役に立つはずである。ほぼこれだけのことを心得て いれば、学会は誰にも開ける。

四 今後の課題

学会は、研究発表が命である。本年度は、多数の 応募があり、当初の予定よりひとつ部会を増やした。 ありがたいことだと思っている。発表者のバランスをどのように整えるかは、むずかしい問題である。 また、発表資料の部数には頭を悩ませる。過不足な くゆきわたる、いい方法がないものだろうか。今回 の大会では、簡略化を心がけた。参加者名簿なども、 きわめてシンプルなものにした。今後も、いろいろ なアイディアを出して、少ない労力で済む方法を考 えるべきである。

五 おわりに 一枚の葉書

昭和61年、筑波大学で第38回大会が開催された時 のことである。昼食の弁当に、土浦の老舗小松屋の うなぎ弁当を選んだ。大会終了後、ある会員の方か ら、うなぎ弁当を食べることができたのがいい思い 出になった、という葉書を頂戴した。この葉書を、 私はいつまでも捨てることができなかった。一枚の 葉書で、大会開催の苦労がいっぺんに消し飛んだこ とをいまでもよく覚えている。学会を通じて、人の心が見える。だから、学会は楽しい。


二年間の幹事経験から

木津 祐子 (京都大学)

私は、本学会には院生時代から入会していたのです が、熱心な会員とは到底言い難く、近くで開催される 大会で、しかも同学が発表をすれば応援に行くという 程度の一会員でした。助手をしていた頃、学界展望の 担当が回って来てその作業の一部をお手伝いしたこと が、学会に関わったとかろうじて言うことのできる程 度のものです。学会は我々中国を研究対象とするもの にとっては近くにあるものながら、その会務機能の維 持はどこか遠くでしかるべき人々が担われるもの、そ の程度の自覚しか持ち合わせていなかったことを白状 せねばならないでしょう。

ところがそのような事態も、三年前東大で開催され た大会にたまたま出かけたことから一変することにな りました。新会則のもとでの幹事をお引き受けするこ とになったのです。それなら総会なるものがどういう ものか一度見ておこうと入った会場で、福井文雅理事 長(当時)が幹事のご苦労をしみじみと労っておられ るのを聞き、これはどうも大変そうだ、と漠然と感じ たのを憶えています。

さて、幹事とはいったい何をしているのか、三人で 分担していた職掌をまとめて簡単に書いてみることに します。

日本中国学会は、現在2100名程の会員を抱える、人 文系としてはそこそこ規模の大きな学会です。今年の 四月までは専従の事務担当者はおかず、一般会員の 方々と全くかわらぬ大学の教員が、日常の校務の合間 を縫ってさまざまなサービスに従事する形で運営され ていました。幹事はその中で、あらゆるこまごまとし た事務を担当します。ルーティン業務を手持ちのメモ から書き出してみます。

(1)名簿・会費管理
名簿管理(会員資格確認・発送宛名シール作成・名簿 冊子原稿作成)・入退会手続・会費請求(名簿確認・ 振込用紙各人印刷)・会費納入確認(振込用紙チェッ ク・データベース入力)・保有諸口座管理・振込(各 種活動費・業者及び関連団体等への振込)・年度末収 支決算作成(本部・各委員会決算取りまとめ)・次年 度予算原案作成
(2)郵便物・学会報管理
学会報管理(一括発送・追加発送・バックナンバー発 送)・郵便物管理(斯文会館宛郵便物振り分け)・印刷 物手配
(3)総務
役員会準備(資料作成・議事録作成・郵送作業)・各 種委員会との連絡・大会関連(開催校との諸連絡)・ 学会報彙報および会員便り諸原稿作成・日本学術会議 等各種書類作成・証明書発行

名簿とお金の管理、これが大変気の使う仕事である ことは言うまでもないのですが、これだけの会員規模 で、住所不明者や住所変更者の数も日々相当の量に上 りますから、そのつど会員データの更新をしないと、 いざ郵便物送付という時に大慌てをすることになりま す。しかしその更新が、毎日の授業や会議、学生指導 などの合間を縫ってでは、ついつい遅れがちになる。 入力のためにアルバイトをお願いするにしても、まか せっきりにするわけにはいかず、作業中(たいてい自 分の研究室が作業場)は、やはりそのために時間を取 っておかなければなりません。

また、お金の出納も、最近は郵便局も管理が厳しく なり、高額の出金は理事長の身分証明書や個人印が必 要で、しかも出入金の種類によっては、口座開設郵便 局まで出かけないと話にならないこともあります。出 勤途中に気軽に最寄りの金融機関で出金と振込みを済 ませて、という具合には行かず、国内外の出張やら日々 の忙しさに走り回っている内に納付期限が目前である ことに気付くと、とにかく自分の仕事は後回しにして、 金融機関への往復や書類作成に駆けずり回ることにな ります。

それでもこれらの仕事の多くは時期がある程度決ま っているので、段取りさえきちんとしていればよいの ですが、それ以外にも、随時不定期に処理すべきもの があります。例えば、会費を滞納すると学会報の送付 がストップされるのですが、数年分を一括してお払い になると、そのたびにバックナンバーも含めて学会報 を発送することになります。送付が遅れると、会費を 払ったのに学会報の送付が無い、というクレームをい ただいてしまうので、なるべく迅速に処理せねばなら ないのですが、校務の合間ですとなかなか思うように 行きません。

会費の払い込みでも、会員全員が郵便振り替えで納 付してくださればよいのですが、従来は個人名ではな く勤務先の所属する上位団体名の公費として払い込ま れるケースがときどきあって、理事長個人の印鑑を押 した請求書と見積り書を送って欲しい、との依頼もあ わせて来る。ようやく入金に漕ぎ着けても振込み人が 会員名でない上にふだん使わない銀行振込みであるた め、次年度会費未納者リストに当該会員を入れてしま いクレームを受ける。こうしたことが少なくないので す。学会費を公費で払うのは会員の自由なのですが、 そのための書類作成・郵送・入金確認などの手間がす べて学会の負担になってしまうのです。お願いを重ね、 会費は一律郵便振込みに統一しつつありますが、この ようなことは、よほど「能幹」な人間であるか、日ご ろから学会事務に專念するのでない限り、なかなか多 方面にご不満のないよう遂行することはできません。

とはいえ、二年間で改善されたこともいくつか有り ます。これまでの名簿と会費管理は、会員数が少ない 時代からの手作業を反映しており、それは会員基礎デ ータファイルと会費管理ファイル、さらに郵便物発送 用ファイル等がバラバラになったデータベースとなっ ていました。手作業と自動化が入り交じったそのシス テムの全容を理解するまでに、思い出すのもつらい徒 労や失敗が数々ありました。今後も増えつづける会員 と、起こり得る様々な入金形態や名簿申告に、誰が・ いつ・どこで実務を担当しても対応できるようにする には、もう少し使いやすくてきちんとしたデータベー スを構築せねばならない、かといってシステムを外注 する予算は無い。ということで何とか二年間の時間を かけて、複数の名簿と帳簿を同時に処理できるような データベースをいわば手作りで構築し直しました。残 念ながら常時場所を確保できるような事務所を持たな いので(斯文会館はあくまで連絡先及び学会報などの 保管場所としてお願いしているだけで、学会の専任が 常駐しているわけではないのです)、データベースの サーバーは幹事の研究室でメンテナンスせざるを得な いのですが。

そのデータベースをもとに名簿を作成する体制に昨 年ようやくなりました。なんとこれまでは、会員管理 原簿とは別にいちいち手作業による修正の積み重ねで 会員名簿は作成されていたのです。老舗鰻屋のタレみ たいなものです。そのため、住所変更を届けて郵便物 は来るのに会員名簿は間違っている、又その逆のクレ ームが後を絶ちませんでした。昨年度は従来のデータ との照合が不完全で校正ミスも多く、不備の目立つ名 簿となってしまいましたが、今年度は出版委員会のご 苦労によりかなり整備されているようですし、徐々に 改善されていくことと思います。

それ以外にも、日本学術会議提出用の書類、また他 の学会などとの各種交際文書作成などの作業も、一年 を通じて舞い込みますから、これまで孜々として幹事 業務に従事して来られた歴代幹事の方々の貢献に、本 当に改めて頭が下がるとともに、大学を巡る諸情勢や、 会員増加に伴い求められる学会のあり方が、加速度的 に変化していることをもつくづく感じます。

自分がいかに不熱心な会員であったかということを 冒頭でも述べたのですが、学会に一般会員が期待する こと、また昨今の大学や研究所、また学術会議そのも のの改編の流れの中で、研究者と所属する学会との関 係も変化を余儀なくされているようです。学会の活動 内容がしばしば内外から問われ、会費に見合うサービ スを強く期待する会員も、自分が淡白な会員であった から言うのではありませんが、以前に比べ飛躍的に増 加しているような印象をうけます。これは、一面、当 然の潮流なのだと思います。草創期から成長期、一人 一人が学会を支えようと自覚していた時代から、すで に成熟した学会として、国内外に散らばる多様な会員 へのサービス還元が期待される時代に入った、という ことでしょうか。それは幹事時代、日々頂戴する会員 の方々のお叱りや要望からも切実にうかがわれました。 また、学術団体として、時には文部科学省や学術会議 のブランチ的な働きが求められることは、これまで同 様、場合によればいっそう増える予感もします。学会 のあり方が刻々と更新されていくのは逃れようのない ことなのでしょう。

そのような時代の要請の中、これまで通り理事長と の師弟関係を基盤にした執行部が、ささやかな手作り 事務局で、それこそ身を粉にして奮闘するというあり 方では(もちろんそれが基本なのでしょうが)、現実 問題としてできることに限りがあり、各方面のご不満 と執行部の疲弊とが、不幸な比例係数化して高まるば かりという恐れもないわけではありません。

新会則のもとで、執行部は内閣、各委員会は省庁体 制にも似て、理事長のもとに一極集中していた機能と 責任を分散することにより、いっそう高い機動力と広 く行き渡る会員サービスを企図したものだと理解して います。13~14年度執行部は、会話も多く風通しの良 い執行部で、みなが旧弊に囚われることなく、事務局 体制のあり方を論じあってきたと思います。その新体 制の執行部にあって、従来の慣例から完全に抜け出せ ないでいたのが幹事のあり方で、二年間の試行錯誤の 中で、理事長に集中する任務を献身的に支えた旧来型 幹事ではなく、近代化した内閣に相応しい、秘書官に も相当するエンジンとしての幹事と、実務担当のスペ シャリストが必要だと痛感しました。縷々述べてきま した学会業務の数々は、昨年までは定期的に来てもら えるアルバイトを大学院生から雇い、専任バイトとし ての全面的な協力を得て、何とかしのいでくることが できましたが、それだけではやはり仕事に無理が出て しまう、何より学業に影響が出るのは避けねばならな いということで、専任事務担当者を雇用することが真 剣に検討されるようになりました。

幸いにも、この四月から事務専任として菊野さんに お手伝いいただけることになりました。菊野さんがこ まごまとした日常的事務をきちんとこなして下さるこ とによって、幹事二名は年間業務のスケジュール管理、 会務事務の作業環境の整備やそのメンテナンスに目を 配りつつ執行部のエンジン係に専念することができる ようになりました。このような幹事体制の改革は、風 通しの良い現執行部だからこそなし得たことと確信し ます。外からではなかなか気付かれないかもしれませ んが、このように一歩ずつ事務体制改革が進んでいる のは、とても心強いことです。

さて、一般会員に戻って学会を眺めてみますと、こ れまで無関心だった所がいろいろ気になったり、より よい学会を望んだり、役員の方々の負担が減るといい なあと願ったり、学会への関わり方や心構えが随分変 化したことを実感します。また、学会の近代化は必然 としても、会員の学会への期待がサービスに偏ったり また学会への加入が、いわゆる業績作りの便宜を得る ための目的に矮小化されて、学会発展へ自らも貢献す るという発想が後回しになるようなことがちらほら見 受けられると、一抹のやり切れなさを覚えたりもしま す。不真面目会員であった私がこうなのですから、学 会運営に関心を持たれる方がより増えるなら、きっと 学会の活性化につながるに違いないと思います。多く の方々が学会運営に関わり、より広い意見が反映され る、開かれた学会になるよう、切に祈る思いです。

二年間の幹事経験をもとに、中国学会の日頃の事務 の内側について何か書いてみるようにというのが、今 回の出版委員会委員長からのご下命でした。私自身は 任に堪えぬと一度はお断りをしたのでしたが、同時に任命された三人の幹事の中から、唯一今年の四月に役 目を退かせていただいた者として、これまで何をして きたか、その一つ二つを書かせていただくのも責務の 一つかと思い直し、重い筆を執った次第です。

私の不手際からご迷惑をおかけした方々、失策を暖 かくカバーして下さった執行部を初めとする役員の皆様に、この場をおかりして心よりお詫びとお礼を申し 上げます。